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2008年07月26日

●原点

エオの谷から見た、昨日の夕刻の西の空です。
こんな光景を天使の降臨と言ったりします。
まるで雲から天使が舞い降りてくるような…そんな陽の光り。

陽の光…それは、いつだって全ての人に降り注いでいるのです。

昨日、安芸高田市の市民ホール・クリスタルアージョで、もりいさむさんのコンサートがありました。
友人に誘われて、偶然行くことができたコンサートでした。

もりいさむさん…ご存知でしょうか?
有名な童謡詩人・金子みすずさんの詩に曲をつけ、「生かされている命みんなちがってみんないい」をテーマに、歌い続けているフォークシンガーです。

  

金子みすずさん…もしもご存じなくても、「私と小鳥と鈴と」この詩は聞いたことがあるのでは?
エオの谷のある美土里町の美土里小学校では、この詩の意味する「みんなちがってみんないい」をずっと受け継いでいこうとしています。
子ども達の心にいつの日にか、染み渡ってほしい…Tearもそんな思いです。

みんなちがってみんないい
金子みすずさんのこの言葉が、実はエオの谷の原点でもあるのです。
エオの谷ができる前、おぼろげながら馬を通して人と人の心を繋いでいけたなら…
そんな思いで試行錯誤していたときに、息子の小学校で耳にしたこの言葉。
以前から知っていたはずのその詩が、とても新鮮に、そして一直線に、Tearの心を射抜いたのでした。
これだ!
Tearが求めているもの伝えたいものは、これなんだ!
そう心が叫んでいました。

その日から、エオの谷のスタンスは決まったのでした。
今、エオの谷の中で、Tearの心の中で…その言葉は広がり続けています。

今回、もりいさむさんの歌と思いが直接聞けたことは、Tearの思いをもっと大きく、膨らませてくれたのでした。
もりさんが、命の限り子どもたちに、そして人々に伝え続けたいとおっしゃられたように、Tearも馬たちと共に、ずっとずっと伝え続けていきたいと思いました。

心が原点に帰れたこのコンサート…とても素敵な宝物となりました。

最後に「私と小鳥と鈴と」を…

私と小鳥と鈴と
                    金子みすず

私が両手をひろげても
お空はちっとも 飛べないが
飛べる小鳥は 私のように
地面を速くは走れない
私がからだをゆすっても
きれいな音は 出ないけど
あの鳴る鈴は 私のように
たくさんな唄は知らないよ

鈴と小鳥とそれから私
みんなちがってみんないい

みんなちがってみんないい

 

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コメント

みんな違ってみんないい

いつからなんだろう

違うことがいけないことになったのは

同じ道を踏み外さないように
外れたら二度と元には帰れない
元ってなんなんだろう
誰が決めたんだろう

誰のためでもない自分の人生なのに

☆いちごさん
またまたコメントいただき光栄です。
「違うこと」
いったい何が基準なのでしょうね…
本当は違うことが当たり前なんだとTearは思っています。
違うことがいい悪いではなく当たり前のことなんだと。
ただ、個性と自分勝手は違うと思うし、自由をルール違反とはき違えてはいけないとも思っています。

みんな違って当たり前・・・いつも私はそう思っています
中学生の時に「いじめ」に遭い、心に小さな傷を負ってしまいました
十人十色の個性なのに、何で尊重できないのかな・・・
日々の生活に忙殺されて、ゆとりがなくなってきているのかもしれないですね・・・

☆くるたんさん
忙しすぎる日々の生活…
なくなってしまうのは時間ではなく、心なのかもしれませんね。
「忙しい」という漢字が、「心を亡くす」と書くように。
Tearも一度、しんどさのあまり、心を亡くしたことがありました。
それに気づかせてくれ、取り戻してくれたのが、パートナーのNeoであり、馬たちなのです。
だから、TearにとってNeoと馬はかけがえのない存在なのです。

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